"幸せ"は心の中にあるものだった
みなさんにとって幸せとは何ですか?
何って聞かれてもそんなのたくさんあるし、尚更”ひとつあげてみて”って言われても難しいし、そもそも今”幸せじゃないし”と思う方も少なくともいらっしゃると思います。
何気ない日々の中で、些細な気づきや考え方、ちょっとした幸せなこと、などを呟きながら綴ってます。
”そんな考え方もあるんだな”
”へぇ~おかしい人”
もしかしたら”バカじゃないの?”
・・・どんな意味だって構わない。
誰かにこの気持ちが伝わって、少しでも【ほんわか】してもらうことができたなら、それでいいと思ってます。
一人で悩むことが多かった自分だから、たくさんの事に気づけた。
そんなブログなので、空いた時間で構わないのでいつでも気軽に読んでみて下さい。
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【幸せとは、幸せと思える心】
※ (実際、私が体験したエピソードです)
高校2年生の夏、こんなことを思った。
幸せの言葉がもっている意味とは何だろう、、、。
確か現代文?かなんかの授業だったかな。
「幸せってみなさんにとって、なんですか?」
と先生が言う。
前の席のM君が、「ご飯いっぱいたべることです!」
それに対して、
私「しょーもなっ」と小さく笑った。
私は10歳まではおじおばと一緒に実家暮らし。両親は喧嘩が絶えず、借りてたアパートには決して帰ることは出来なかった。
高校2年生の時には
おじおばの実家10年、両親がいるアパート7年
とその時点では両親に育てられた意識がなかった。自分の中では親はおじおばと認識していた。
ある日クラスの女子生徒がこんなことをルームで言っていた。
「お父さんもう嫌い、会いたくもない」
特になんとも思わなかった。けれども、その時ふと思った。
私にはお父さんはいない。連絡先もわからないし、どこにいるかもわからない。
そう、離婚していた。
お父さん好きの子供たちは仕方なくお母さんに引き取られた。
私も姉もみんな、お父さんが大好きだった。
もうそんなことを思うこともできないのかと思うと
羨ましかったし、きっと悲しかった。
次の休みの土曜日、姉に電話すると
「連絡先はわからないけどあのアパートにいるらしい、でもいるかどうかなんてわかんないよ」と教えてもらった。
ダメもとでその姉がいう団地にその日の夜に探しに行った。
見つからなかった。
たくさんありすぎる。。
次の日も朝から探しにいく。
ポストの名前みても見つからない。
もう引っ越し済みかもしれない。
諦めかけた最後の棟、・・・・「やっぱり、ない」。
どうしても会いたい、会ってお父さんと話がしたい。
そのとき、管理人の看板がぶら下がった家の玄関が目にとまった。
なぜかわからないけど、もしかしたらと思って近づく。
『○○○』!!
見つけた。
一瞬ためらって、それでも心の勢いのままインターホンを押した。
間違っていたらどうしよう、なんて考えもしなかった。
向こう側から、男の人がでてきた。
少し太ってて見た目も少し変わっていた。
でも、一瞬でお父さんだとわかった。
私『お父さん・・』
父『○○○(私の名前)!』
やっと会えた。
約5年ぶりの再会、もう会えないと思っていたお父さん。
涙が止まらなくなった。
家で、その日暗くなるまで話しをした。嬉しかった。
たった5年と思われるかもしれない、でもそれでも嬉しかった。
一生会えないかもしれない人に、あの女の子のふとした一言で
会うことができた。
その女の子には、感謝しかないが
同時にこう伝えてあげたい。
お父さんが近くにいること、当たり前じゃないよ。
もし、死んでしまってたら二度と会うことなんてできないよ。
明日、もしかしたら自分が死ぬかもしれないよ。
もう愚痴も、嫌みも、冗談も、何もかも伝えることさえできないよ。
【お父さんがいること、それはすごく幸せな事だったよ】
今、当たり前にそばにいてくれること。
それは、かけがえのない【立派な幸せ】だった。
そんなエピソード。
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皆さんは家族がいますか?
兄弟がいますか?
・大切な人を、大切にできていますか
・大切な人に、大切だと伝えれていますか
人は、失くさないと本当の大切さを知ることはできません。
それは間違いのない事実です。
だから私はここで伝えます。無くしてほしくないものがあります。
大切にしてほしいことがあります。
朝起きたら、おはよう。
出かける時は、いってきます。
帰ったら、ただいま。
一日終わったら、ありがとう。
たったそれだけでもいい。
今、側にいれること。どこかに居てくれること。
それは【とても幸せなこと】です。
今日も明日も、何気ない1日も
きっと幸せで満ち溢れています。
そんなしあわせ
【”幸せ”に気づけたあなたは幸せです】
誰かの心に少しでも”勇気”を。。